還暦 ~精神年齢40歳~

京都でのあふれる想い、出身新潟

ブログの文体(会津弁編)

おはようございます。

 

オラ生まれは新潟の山奥だ。新潟ど福島の県境の村でオラは生まれだ。昭和36年のごどだ。

んだども、オラ、わー(私)ば新潟県人だなどど思ってねぇ。間違い無ぐ文化的にも言語的にも所属は会津若松だど思ってらんだ。昔オラの村は「小川の庄」ど呼ばっぎで、会津若松藩の領地だったべ。

 

明治になったどぎ、いっちゃん最初は若松県だったんだ。そのあど福島県になったんだども、山県有朋がオラの村がら福島市の県庁まで行がな大変だべっちーごどになって新潟県編入されじまったんだ。

 

んだがら、オラ言葉は新潟弁にな、何も親しみな覚えねあんだ。会津弁やむしろ山形の米沢弁あたりに親近感あらんだ。

新潟の(衆)は良ぐ「〇〇だすけ」って言わんだ。それは関西のの「せやから」に近い。オラいつも新潟の人に思っでだ。「いしゃ(お前)関西人が?」

 

んだども新潟も福島も戊辰戦争では奥羽越列藩同盟で一緒に戦ったがら、仲良くしねばね。オラの村はあの吉田松陰も立ち寄ってらんだども、周りの大人も学校の先生も誰一人教えでくんねがった。

 

https://www.city.aizuwakamatsu.fukushima.jp/   鶴ヶ城

 

オラ福島さ住んだごど無くて、新潟で長ーぐ住んだ。そんじぇ今京都で暮らしてらんだどもおもっしゃい(おもしろい)のは関西のは全員佐渡ば「佐渡ケ島」って言うごどだ。オラ新潟で「佐渡ケ島」なんて言う人会ったごど無ぇ。佐渡はあくまでも佐渡だ。「佐渡おけさ」っちー民謡はあっとも、佐渡ケ島おけさなんて無ぇ。

 

今思い出したんだども、佐渡さは天皇初めどして日蓮上人や世阿弥も流刑にあったどごだがら、やっぱりちっと本州の新潟どは違った雰囲気醸し出してっぺ。

 

新潟の郷土料理で正月に食う「のっぺ」っつう豆の煮つけあんだども、京都にも「のっぺ」があるって聞いだども、「のっぺい汁」の聞き間違いだったがも知んぎ(知れない)。良く解んね。

 

京都のご高齢の方が良ぐ「電信棒」っち言わんだども、あれも良ぐ解んね。どう考えでも電信柱にしか思わんぎ。あど「交番所」も良ぐ解んね。あれはただの交番だべ。

 

最後に本音中の本音だども

オラ京都に住んでらんだども、わーば京都人だどは絶対に思って無え。そんじぇ京都人になれっとも思って無え。都人のわげが無え。オラはわー木曽義仲だど思ってらんだ。あどはひって(非常に)難すどもどれだげ洗練されっかだ。動作ばゆっくりするだげでもちっとは上品に見えっぺ。

 

んだがらオラはミシュランの料亭からラーメン屋まで含めで絶対に食べ物の批評しねあんだ。あと花街のこともあんまり話さねえ。オラのレベルで話す事だねえがらだ。

 

最後まで読んでくんぎどうもありがとうございました。それでは、まんず、まんず。