還暦 ~精神年齢40歳~

京都でのあふれる想い、出身新潟

私が地獄で苦しんでも・・・・・・・・・

おはようございます。

朝から抹香臭い話です。

 

妻とはごく稀に私の最期に関わる話をします。話をすると言うよりは私だけが私の考えを一方的に喋る感じです。

 

①人生の経験として脳や心臓など大きな手術を1回は受けても良いと考えていること。ただし1回だけで良いこと。

②延命治療は要らないこと。

③墓、位牌、戒名は要らないこと。

④故郷の川に散骨して欲しいこと。

⑤悲しむな。

 

それに加えて最近加わったのが

⑥「あなたの旦那様が地獄で苦しんでいます。救うためにはこの印鑑と壺を購入するしかありません」と、誰かが言っても私のことは放って置け、です。

「そうする」と妻は言っています。

 

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①に関しては実際に闘病なさっている方々やそのご家族は、「ふざけるな! 許せない」と思われるかも知れません。お詫びいたします。しかし私に関してはそれで良いのです。

 

 

なぜ人間は泣くのか。受け入れられないほどの大きな悲しみに思いがけなく出会い気が狂ってしまいそうだから、それを避けるために涙を流して泣く、と私は考えています。

勿論ウソ泣きもあります。杉田水脈は「女性は平気でウソを吐く」と言いましたが、嘘に性差はないでしょう。

 

 

なぜ宗教があるのか。到底納得できない、得心のいかない、受け入れられない悲しみに思いがけなく出会っても、いつまでもそこに留まっているわけにはいかず、また歩き出さなければならないから、と私は考えています。

 

「なぜ、わたしの愛する人が・・・・・・・・・」

この問を満たす答えは科学にはありません。解決できるのは時間と人知を超えた存在だけだと思います。

 

 

さてその宗教ですが、ピンからキリまであります。筋金入りの古来からの伝統ある宗教から、昨日できたものまでです。

 

一部の新興宗教の開祖はプログラマーと呼んで良いのかも知れません。引っ張ってくる元ネタは著作権フリーで無尽蔵にあります。

パチンコのプログラマーは自らは決してパチンコをしないと、何かの本で読んだ記憶があります。理由は馬鹿馬鹿しくてする気がしない、だったかな?