還暦 ~精神年齢40歳~

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転職は怖くない④(嘱託社員になれ!)

おはようございます。

 

運送会社の設立当初の観光部に配属になったのですが、業績は芳しくありませんでした。

担当役員は管理職の入れ替えで乗り切ろうとしましたが、思うような結果は出せませんでした。

「観光部に革命を起こす」と言って、その役員はライバル会社から新しい部長を引き抜いて来ました。新しい部長は役員の大学の後輩でした。

 

 

(1)新部長が鳴り物入りでやって来た。

 

・新部長はアルバイト添乗員と二人でやってきた。

・「観光部をグループ会社として独立させたら、俺たちは全員取締役だ」、が新部長の第一声だった。

東京六大学出身の新部長は上に弱く、下に強い管理職の典型だった。私より1歳年上だった。自己顕示欲が強かった。

・観光部の名称を旅行事業部に変えた。

 

・大学でレスリングをやっていて、体育会系だった。法学部出身だったが、知性はあまり感じられなかった。

・店舗に新部長を訪ねて市議会議員や警察署の刑事が来た。大学の先輩後輩の関係であるが、私にはそういう知人はおらず少し呑まれてしまった。

 しかし私自身も市議会の海外視察などに同行しており、そんなにビビる必要はなかった。

 

衆議院議員をポスターを見ながら、さも親しげに苗字ではなく名前で呼んでいた。

・サラリーマンでありながら、経済団体の青年部に加入しており、異業種交流会などの集まりが大好きだった。

・会社が認めていたわけではないが、タイムレコーダーに縛られない勤務体制をとっており、気分は取締役だった。

・24時間働いているなどと、さも有能そうに、さも自慢そうにお客様の前で零して見せていた。

・嘘か本当か知らないが、「同業他社に就職したので退職金は出なかった」、と言っていた。

 

・出身高校の同窓会長をし、出身大学の県学員会幹事長を務めていた。

・部長の役職に強い執着がありながら、「俺は部長ではなく、デブ長だ」などと部下の前で言っていた。

・「俺はこんなに我が身を犠牲にして会社のために尽くしている」と、これ身よがしだった。

・接客中にたまに早口になるところに、本来の気の弱さが出ていた。

 

 

☆駅前の1等地にあるビルに店舗を移転し、営業体制は整った。これは新部長が自分の「力」を市内の旅行業者、バス会社、旅館案内所、航空会社の支店、旅行用品屋などに知らしめる目的があったと思う。

 

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(2)2年が過ぎ3年が過ぎたが業績は上がらなかった。店舗の家賃が負担となっていた。

 

(3)私を除いて、社員がライバル会社出身に入れ替わった。

新しくライバル会社から2人の男性社員が入社してきた。思うにこの2人は新部長に付いて来たというわけではなく、旅行事業部の様子を外から伺っていたのだと思う。

 

二人の入社で相対的に私の店舗内での立場は弱くなった。

 

 

(4)30代半ばの二人は嘱託扱いだと言う。私に、お前も嘱託社員になれと言う。

 

この続きは、またいずれ。

 

 

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